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崎山比佐衛(高知県本山町出身、1875-1941)は1918年に、海外植民地学校 を開校し海外移住の促進に貢献。特にアマゾン開拓に尽力し、自身も1932年にアマゾン流域のマウエスに渡りアマゾン開拓に貢献。アマゾン日本殖民の父と呼ばれている。崎山比佐衛の功績を称えて、1963年に崎山校長記念碑建設委員会が出身地である本山町に設置。2010年に新たな説明板を設置。
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崎山比佐衛(高知県本山町出身、1875-1941)は1918年に、海外植民地学校 を開校し海外移住の促進に貢献。特にアマゾン開拓に尽力し、自身も1932年にアマゾン流域のマウエスに渡りアマゾン開拓に貢献。アマゾン日本殖民の父と呼ばれている。同氏の生家址に碑がある。
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高知県吾川郡いの町柳瀬本村にある神社。同神社の鳥居に「在米中帰郷記念 大原貢」と記されている。
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移民の父と呼ばれる水野龍の出身地にある佐川町に、高知県からの中南米諸国への移民の功績を後世に残し、今後の同県と中南米諸国の友好親善を祈願して、2008年に南米移住者一同(有志)が建立。
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水野龍(1859-1951)は、1908年に皇国殖民会社を設立し、第1回ブラジル移民として笠戸丸移民を送り出しブラジル日系社会の歴史を開いた。「移民の父」と呼ばれた同氏の顕彰碑が出身地である佐川町に1962年に建立された。
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三尾村からは1940年頃には三尾村からのカナダ移民は2,000人を超え、帰国者は同村に三尾地区に洋風住宅を建て、カナダの生活様式や文化をもたらした。現在、三尾地区には旧野田家住宅が「カナダ・ミュージアム」として公開されている(国登録有形文化財)。
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1854年に三尾村(現・美浜町)に生まれ、1888年にカナダ・バンクーバーへ海を渡る。カナダ太平洋岸の鮭漁業の発展に大きく寄与。多くの日本人カナダ移民の世話を行い貢献。また、郷里にも多大な貢献をし、三尾村には西洋風の家が建てられ、アメリカ村と呼ばれた。同氏の功績を称えて、2021年に銅像を建立。
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南弥右衛門(1880年-1973年)は江住村(現すさみ町)に生まれ、1905年にハワイを経てサンフランシスコに渡る。大規模農園を経営しレタスなどの栽培事業で成功。カリフォルニアからシカゴ・ニューヨークまで販路を拡大するなど、サンタマリアのレタス王と呼ばれる。同氏は郷里の発展にも多大な貢献を行い、小学校には学用品を、江住中学校には体育館建設費用を寄附している。旧江住小学校(2023年3月末廃校)の校庭に胸像が設置されている。1956年の除幕式には2,500名以上が参加。
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南弥右衛門(1880年-1973年)は江住村(現すさみ町)に生まれ、1905年にハワイを経てサンフランシスコに渡る。大規模農園を経営しレタスなどの栽培事業で成功。カリフォルニアからシカゴ・ニューヨークまで販路を拡大するなど、サンタマリアのレタス王と呼ばれる。同氏が多大な寄付を行い旧江住中学校に体育館建設費用を寄付。1960年に落成。南記念会館と呼ばれる。周辺では初めての屋内体育施設であった。江住中学校の廃校に伴い、現在は改装され「すさみ町立エビとカニの水族館」となっている。
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オーストラリアから木曜島への移民の歴史が展示されている「潮風の休憩所」(串本町)横に、同町から海を渡り過酷な真珠貝ダイバーとして従事し、亡くなられた方の慰霊として建立。日本人移民渡航百周年を記念して木曜島でも慰霊塔が建立されたことを受け、串本町長を会長とした顕彰碑建立発起人が1998年に建立。
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山口県周防大島にある日本ハワイ移民資料館。単身米国サンフランシスコに渡り、貿易商で成功を収めた福本長右衛門氏が1928年に故郷に建てた邸宅をそのまま活用(1999年に開館)。
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沖神室島にある旧・沖神室小学校にある二宮金次郎像は、1953年にハワイ移民の大谷松治朗(ハワイにおいて漁業関連事業で成功した同島出身の実業家)から寄贈されたもの。なお、大谷は小学校にピアノも寄贈するなど同島の教育に積極的に貢献した。
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周防大島町沖神室島にある神社。ハワイ移民から寄進された玉垣が確認できる。
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山口県周防大島町沖家室島にある蛭子神社。「高雄沖神室同郷会」から寄進された狛犬も確認できる。建立年は不明。
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山口県周防大島に現存する旧屋代小学校講堂。1951年の台風被害によって屋代小学校の講堂が倒壊。その再建にあたってハワイ移民から多額の寄付がなされ翌1952年に再建。同小学校は2010年に廃校。現在は当時の校舎・講堂が手つかずのまま残されている。
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泊清寺ハワイ移民の寄進による梵鐘(山口県周防大島町沖神室島、1950年)。ハワイ移民(ホノルル)の夫婦から1950年(「昭和艹五年五月」と記載あり)に寄進された梵鐘(石台を含む)が確認できる